自民党の派閥政治崩壊

9月11日の選挙における自民党大勝は、自民党の派閥政治の崩壊を意味している。
そしてそれはまた、自民党の “flexibility” の崩壊をも意味しているのである。

そもそも派閥とは何だったのか?
何のために派閥が作られる必要があったのか?
一般に派閥は権力争いや汚職の根元であり、否定されるべきものであると考えられてきた。
小泉首相の
 「自民党をぶっつぶす」
という言葉に国民が手を打って賛同したのも、派閥政治が「絶対悪」であると認識されてきたからだ。

しかし、実際には派閥政治というのは、(自民党にとって)非常によくできたシステムだった。
なぜならば、派閥間の政権交代により、与党の入れ替えを行うことなく政策の転換を可能にしてきたからである。
これは非常に重要なことで、2大政党制のもとでは政策の失敗は即与党の入れ替えを意味しているが、派閥政治のもとでは政策の失敗を派閥内に押さえ込むことができるため、与党の入れ替えを必ずしも必要としない。
つまり、我々にはその必要性が感じられなかった派閥制度も、自民党にとっては非常に大事なシステムだったのである。

自民党は(もとい小泉首相は)今回の選挙の焦点を
 「郵政民営化に賛成か反対か」
という1点にしぼり、造反者を公認しないという極端な戦略により、自民党全体を1つにくくってしまった。
さらに新人議員には派閥に入らないよう圧力をかけ、「小泉チルドレン」として手元に残した。
まさに小泉首相の思惑通り、「悪習」であった派閥制度は崩され、完全なる「独裁」が布かれたのである。

派閥政治の是非はともかくとしても、小泉人気にあやかりその flexible な体制を崩してしまった自民党は、肥大化した変化に脆い政党へと姿を変え、自ら2大政党制への足がかりを作ってしまったと言えるのではないだろうか。

Leave a Reply

TrackBack URI : http://sasakitakanori.com/archives/438/trackback?_wpnonce=f1cafbb65a