1. はじめに
天王星は太陽から約19auの距離に位置し、地球のおよそ14.5倍の質量を持つ巨大氷惑星である。天王星の最大の特徴は、自転軸が公転面に対して98度傾いている点である。天王星の周りを回る主な衛星やリングも全て傾いた軌道を持っており、天王星系全体がいわゆる横倒しの状態で太陽の周りを公転していることになる。天王星系が傾いた原因としては、巨大天体衝突(ジャイアントインパクト)が有力であると考えられている[1]。
天王星には2024年6月時点で28個の衛星が確認されており、その中でも特に大きな5つ(内側から順にミランダ、アリエル、ウンブリエル、チタニア、オベロン)は天王星の5大衛星とよばれている。5大衛星は軌道長半径が天王星半径の5倍から23倍の間に位置し、天王星衛星系の総質量(天王星質量のおよそ10-4倍程度)の約99%を占めている。また天王星の主成分が氷であるにも関わらず、ミランダ以外の4衛星(これらを特に4大衛星ともよぶ)は氷と岩石の比が1:1程度であると推定されている。なお5大衛星およびその内側を回る衛星は、いずれも軌道離心率・軌道傾斜角が小さな規則衛星である一方で、5大衛星より外側の軌道には主に不規則衛星が回っている。
2. 天王星衛星系の形成シナリオ
天王星衛星系の起源については、これまでに様々なシナリオが提案されてきた。ここでは主な3つの形成シナリオについて簡単に紹介する。
2.1. 周惑星円盤シナリオ
天王星は形成の最終段階で周囲の原始惑星系円盤ガスを集積し、周惑星円盤を形成する。この周惑星円盤内で「微衛星」の合体成長により現在の衛星系が誕生したと考えるのが、周惑星円盤シナリオである[2]。木星のガリレオ衛星や土星のタイタンなども同じメカニズムで形成されたと考えられており、惑星と衛星系の質量比(~10-4)を自然と説明できる点が大きな強みである(詳しくは参考文献[3]を参照)。ただし、周惑星円盤は原始惑星系円盤の降着により形成されているため、この段階では天王星系は公転面に対して傾いていないと考えられる。そのため、周惑星円盤内で衛星系が形成された後に巨大天体衝突などにより天王星系全体を横倒しにする必要があるが、この際に衛星系の軌道が安定に保存される保証はない。そこで、軌道が不安定化した衛星同士が衝突破壊され、その破片の再集積により衛星を「再形成」するアイデアなども提案されているが[4]、いずれにしても現在の天王星衛星系を再現するためには複雑な形成過程を考えなければならない。
2.2. デブリ円盤シナリオ
天王星の周囲に岩石や氷からなるデブリ円盤が形成された後、潮汐トルクにより天王星のロッシュ半径以遠まで拡散した固体成分が集積することで現在の衛星系が誕生したと考えるのが、デブリ円盤シナリオである[5]。土星の近くを回る規則衛星なども同じメカニズムで形成されたと考えられており、軌道半径が大きいほど衛星の質量が大きくなる特徴を自然と説明可能である(詳しくは参考文献[6]を参照)。ただし、デブリ円盤の起源としては天王星に近づいた原始惑星や彗星の潮汐破壊が想定されており、形成されるデブリ円盤の質量や成分などが現在の衛星系と調和的である保証はない。また周惑星円盤シナリオと同様に、衛星系形成メカニズムとは別に巨大天体衝突などにより天王星系全体を横倒しにする必要があり、やはり現在の天王星衛星系を再現するためには複雑な形成過程を考えなければならない。
2.3. 巨大天体衝突シナリオ
天王星に原始惑星が衝突し、その際に天王星周囲に散らばった氷や岩石が集積することで現在の衛星系が誕生したと考えるのが、巨大天体衝突シナリオである[1, 7]。天王星の自転軸の傾きと、天王星の赤道面上を回る衛星系の形成を同時に説明可能であり、上記2つのシナリオのような多段階過程を必要としない点が大きなメリットといえる。なお実際に天王星で巨大天体衝突が起きる確率を求めることは難しいが、巨大惑星領域においてペブル集積過程により火星や地球サイズの原始惑星が多数形成された可能性[8]、およびそれらの原始惑星が巨大天体衝突を繰り返すことで天王星・海王星が形成された可能性が指摘されており[9]、天王星軌道付近での巨大天体衝突はそれほど稀なイベントではないことが期待される。
2.4. 形成シナリオへの制約
ここでは天王星衛星系の形成シナリオについて三者三様のアイデアを紹介したが、実際にどのシナリオが正しいのかを決着付けるためにはどのような制約が必要になるだろうか。将来的に天王星およびその衛星系の探査が進めば、各衛星の表面組成や内部構造などに関して詳細なデータが取得されることになる。例えばここで、取得された各衛星の組成と天王星の組成あるいは周惑星円盤で期待される組成が異なった場合、異なる組成を持つ天体をもとにしたデブリ円盤シナリオや巨大天体衝突シナリオが有力となるかもしれない。しかし、いずれのシナリオの場合も衛星系形成の母体となる周天王星円盤自体が熱力学的に時間進化する可能性があり、単純な組成比較等からシナリオの切り分けを行うことは実際には難しいと考えられる。
そこで現状では、数値計算により各シナリオの実現可能性を検証し、天王星衛星系の特徴の再現性を調べることを通して、各物理過程に対する制約を与えることをまずは目指すべきであろう。次章からは、主に筆者らが中心に研究を進めてきた巨大天体衝突シナリオについて、詳しく解説していくこととする。
3. 天王星への巨大天体衝突(SPH計算)
衛星系形成の議論に入る前に、天王星への巨大天体衝突に関する数値シミュレーションについてまとめておこう。天王星の自転軸傾斜を巨大天体衝突によって説明するアイデア自体は古くから提案されていたが、数値計算による検証は1992年にSPH(Smoothed Particle Hydrodynamics)法を用いた天王星への巨大天体衝突シミュレーションにより初めて行われた[1]。彼らは衝突してくる原始惑星の質量と系の総角運動量をパラメータとして数値計算を行い、巨大天体衝突による天王星の角運動量と自転軸傾斜角の変化を調べた。その結果、天王星に地球の数倍程度の質量を持つ原始惑星が衝突することで現在の天王星の自転が説明できることが示されただけでなく、さらにその際に衛星系の材料物質が天王星周囲にばらまかれる可能性も示唆された。ただし、ここで数値計算に用いられた粒子数は天王星と原始惑星を合わせて8,000個であり、1粒子の質量が天王星衛星系の総質量を超えているため、その後の衛星系形成の議論を行うには解像度が全く足りていなかった。
それから四半世紀がたった頃、ようやく高解像度(105-106粒子)でのSPHシミュレーションが複数の研究グループによって行われ、天王星への巨大天体衝突、およびそれによって形成される周天王星円盤に関して、より詳細な描像が明らかにされた[7, 10]。結論から言うと、現在の天王星系の傾きを説明可能な巨大天体衝突のパラメータ範囲において、衝突により形成される周天王星円盤は「重くて」「コンパクト」であることがわかったのである。巨大天体衝突直後に周天王星円盤を形成した粒子の質量はおよそ天王星質量の10-2倍程度であり、現在の天王星衛星系の総質量より100倍ほど重い。またその円盤質量の大部分は天王星半径の2倍程度以内の距離に存在しており、現在の天王星衛星系の軌道よりもはるかに内側である。そのため、巨大天体衝突直後に形成された周天王星円盤をそのまま初期条件として衛星系を形成することは難しいことが明らかになった。
なお、周天王星円盤を構成する物質の氷-岩石比については、用いた状態方程式やパラメータ等に応じて様々な結果が出ているが、こちらについては6章で議論する。
4. 天王星の衛星系形成(N体計算)
天王星への巨大天体衝突に関するSPHシミュレーションの結果、現在の衛星系を説明するには過剰な質量の周天王星円盤が形成されたわけだが、考えようによっては質量が足りないよりはよいともいえる。円盤の主成分は氷なので巨大天体衝突直後はほぼ蒸発していると考えられ、冷却して固体円盤を形成する前に十分に拡散・降着すれば、軽くて幅広い円盤へと進化する可能性がある。そこで筆者らは、まずは適当な円盤進化の仮定のもとで最終的な固体円盤の構造を与え、その固体円盤を初期条件として現在の天王星衛星系が形成可能であるかを検証することにした[11]。
4.1. 計算方法
衛星形成の検証にはN体計算を用いた。天王星周りの固体円盤内で粒子同士の重力相互作用を計算し、合体成長により衛星系が形成されていく過程を求めた。時間積分には4次のエルミート法[12]もしくは2次のリープフロッグ法を、その場の粒子の成長タイムスケールに合わせて適当な方を採用した。また、大規模並列粒子法シミュレーションのための汎用高性能ライブラリFDPS(Framework for Developing Particle Simulator)[13]を導入し計算の高速化を行った(数値計算手法についてのより詳細な説明は、参考文献[11]を参照)。
ここでは簡単のため、粒子は全て密度1.40g/cm3で一様とし、粒子同士の衝突については反発係数の法線成分が0.1、接線成分が1である非弾性衝突とした。衝突後の粒子間の相対速度がお互いの脱出速度より小さい場合、この2粒子は重力的に束縛されているとみなし、1粒子に合体させた。このとき衝突破壊などは考えず、質量保存と運動量保存のもとでの完全合体を仮定した。
固体円盤の初期条件として、円盤の質量と面密度分布の2つをパラメータにとった。円盤質量に関しては、衛星に集積せずに中心星に降着したり系外に散乱したりする分も考慮して、現在の衛星系の総質量の数倍程度に設定した。また円盤面密度分布に関しては、軌道長半径に対して一定の冪の依存性を仮定し、SPHシミュレーションの結果[7]から推定される冪の値がそのまま保存されるものとして与えた。このとき冪は常に-3から-1.5の間の負の値となる。固体円盤の内側境界は天王星表面とし、外側境界は5大衛星のうち最も外側を回るオベロンの軌道付近とした。
4.2. 計算結果
代表的な初期条件に対して、初期粒子数10,000でN体計算を行った結果を示す。なおここでは、5大衛星の中で桁で質量の小さい最も内側のミランダを除いた4大衛星のみに注目して結果を議論する。
図1に円盤質量が衛星系の総質量の3倍、円盤面密度分布の冪が-1.5の場合、およびそれぞれ4倍、-2.15の場合の結果を示す。いずれの場合も、現在の天王星衛星系の分布と比べると以下の3点が異なっていることがわかる。まず4大衛星より内側の軌道に、実際には存在していない4大衛星サイズの衛星が複数個形成されている。また4大衛星の内側の2衛星に関しては、実際の質量よりもやや大きい衛星が形成されている。一方で4大衛星の外側の2衛星に関しては、実際の質量よりも小さい衛星がより内側の軌道に形成されている。ここで示した2例以外にも全部で6通りの初期条件のもとで同様のN体計算を行ったが、以上の3点の特徴は全ての場合で確認された[11]。


図1: 形成された衛星の軌道長半径と質量の分布。緑の破線は天王星半径の位置、赤丸はN体計算の結果で、エラーバーはその衛星のヒル半径の5倍の範囲を示しており、青星は4大衛星(左から順にアリエル、ウンブリエル、チタニア、オベロン)を示している。(左)円盤質量が衛星系の総質量の3倍、円盤面密度分布の冪が-1.5の場合。(右)それぞれ4倍、-2.15の場合。[11]より引用の図を一部改変。
なおこれらの特徴は、主に円盤面密度の冪が負の値であることから生じていると考えられる。つまり、円盤内側ほど衛星形成に使える材料物質が多くなることで、より大きな衛星が形成されることになったのである。SPHシミュレーションの結果[7, 10]によると、巨大天体衝突直後に形成されている周天王星円盤の面密度分布の冪は常に-1より小さくなっているため、単純にその冪を保存したまま拡散進化した円盤からは現在の天王星衛星系は再現できないことがわかった。
4.3. 衛星系の軌道進化
次に、形成後の衛星系の軌道進化についても検討を行なった。衛星は主に中心惑星との間の潮汐相互作用によって、長い時間をかけて軌道が変化することが知られている[14]。衛星の軌道長半径が中心惑星の共回転半径より内側の場合は、衛星は中心惑星から負のトルクを受けて角運動量を失い、中心惑星方向に軌道移動する。逆に衛星の軌道長半径が中心惑星との共回転半径より外側の場合は、衛星は中心惑星から離れる方向に軌道移動する。天王星の共回転半径は5大衛星の軌道よりもやや内側にあるため、この軌道移動を考えることで、特に内側の衛星系の分布が大きく時間変化する可能性がある。
そこでN体計算の結果に対して、潮汐相互作用による軌道進化の解析的なモデル[14]を用いて、45億年間での軌道進化過程を推定した。ここでは衛星同士の重力相互作用は無視し、衛星同士の軌道が重なった場合には質量保存のもとで完全合体させた。図1に対応する軌道進化計算の結果を図2に示す。いずれの場合も、天王星の共回転半径より内側の衛星は内側に軌道移動し、106年程度の時間をかけて天王星に落下している。一方で天王星の共回転半径より外側の衛星は外側に軌道移動し、お互いに衝突合体していくことで最終的に衛星の個数が4個まで減っていることがわかる。なお衛星と天王星との間の潮汐相互作用は、衛星の軌道長半径が小さいほど(つまり天王星に近いほど)強いため、軌道長半径が大きい衛星はほとんど軌道移動をしていないことがわかる。


図2: 形成された衛星の、天王星との間の潮汐相互作用による軌道移動。実線は各衛星の軌道の時間進化、破線は天王星半径、点線は天王星の共回転半径を示している。[11]より引用の図を一部改変。
以上のとおり、形成後の衛星系の軌道進化を考えることで、4大衛星より内側の軌道に形成されていた実際には存在していない衛星については、軌道移動により全てその軌道からいなくなる可能性が示唆された。しかし、軌道移動にともなう衝突合体過程により、4大衛星のうちの内側の衛星の質量がさらに大きくなった一方、外側の衛星はほとんど軌道移動をしないこともわかった。つまり、たとえ衛星系の軌道進化過程を考慮したとしても、依然として現在の天王星の衛星系を再現することはできないことが結論付けられたのである。
5. 周天王円盤の熱力学的進化
前章では、周天王星円盤の面密度分布の冪として巨大天体衝突直後の値をそのまま用いていた。しかし実際には巨大天体衝突のSPH計算[7]で示されているとおり、巨大天体衝突直後は円盤を形成している氷粒子はほぼ完全に蒸発しており、その後の冷却過程と拡散過程を考えると円盤の面密度分布の冪は時間変化する可能性がある。そこで筆者らは次に、巨大天体衝突後の周天王星円盤の熱力学的進化を解くことで、衛星系形成の母体となる固体円盤の面密度分布の冪の時間進化を議論した[15]。
5.1. 粘性拡散円盤進化モデル
巨大天体衝突によって生じた水蒸気円盤(水素とヘリウムとの混合ガス円盤)は、原始惑星系円盤と同様に粘性拡散進化をすると考えられる。ここで円盤の温度は、赤道面での粘性加熱と円盤表面での輻射冷却のつり合いで決まるとし、円盤の粘性はいわゆる「α粘性モデル」[16]で与えられるとした。このとき、水蒸気円盤の面密度分布の時間進化は粘性拡散方程式で記述される。この拡散方程式は解析的に解くことができ、最終的に円盤の面密度分布と温度分布は冪を一定に保ったまま(この特徴は「自己相似解」とよばれる)準静的に進化することが知られている[17](詳しくは例えば教科書[18]を参照)。
図3に、周天王星円盤の粘性拡散方程式を数値的に解いた結果を示す。巨大天体衝突によって生じた水蒸気円盤は、時間とともに拡散および冷却しながら速やかに自己相似解に漸近していることがわかる。なお、図中の各丸が示す内容については次節で述べる。


図3: 周天王星水蒸気円盤の(左)温度分布と(右)面密度分布の時間進化。ここでは氷の凝縮は無視している。実線と破線はそれぞれ数値的に解いた結果および解析解を示しており、上から下に向かって順に0年、10年、102年、103年、104年後のスナップショットである。(a)の点線は240Kを示しており、各丸は各時刻で氷の凝縮が起きる点を示している。(左)時間の経過とともに、氷の凝縮が円盤外側から内側に向かって進んでいる。(右)時間の経過とともに、氷が凝縮する円盤半径での固体氷円盤の面密度が小さくなっている。[15]より引用の図を一部改変。
5.2. 固体氷円盤の形成
冷却しながら拡散する水蒸気円盤の温度が氷の凝縮温度を下回ると、その場で水蒸気が氷に凝縮して固体氷円盤を形成する。円盤中での氷の凝縮温度を240Kとして、氷の凝縮軌道長半径(スノーライン)の時間進化、および固体氷円盤の面密度分布を図4に示す。氷の凝縮は円盤の粘性拡散進化が十分に進んでから始まるため、そのときの円盤の構造は初期条件によらずほぼ自己相似解に従うことになる。ここで最も注目すべきは、巨大天体衝突直後には負の冪の面密度分布を持っていた水蒸気円盤が、拡散冷却進化過程を経ることで、最終的に正の冪の面密度分布を持つ固体氷円盤になっている点である。この理由を以下に簡単に説明する。


図4: (左)周天王星水蒸気円盤のスノーラインの時間進化、および(右)凝縮した固体氷円盤の面密度分布。実線と破線はそれぞれ数値的に解いた結果および解析解を示しており、左図では上から下に向かって順に初期円盤質量が天王星質量の3×10-3倍、10-2倍、3×10-2倍の場合の結果である。右図ではこの3つの場合の結果がほぼ重なっており、初期条件によらない面密度分布が得られていることがわかる。[15]より引用の図を一部改変。
粘性拡散進化する水蒸気円盤自身の面密度分布は負の冪を持っているため、天王星に近い内側ほど面密度は大きくなる。円盤赤道面での粘性加熱は面密度が高いほど強くなるので、面密度が小さい外側ほどより速く氷の凝縮温度まで冷却されることになる。一方で水蒸気円盤全体の面密度は拡散によって時間とともに小さくなっていくので、より遅い時間に氷の凝縮温度を下回る領域ほどより小さな面密度の固体氷円盤を形成することになる。以上の結果、周天王星水蒸気円盤は拡散冷却進化をしながら外側から順に氷に凝縮していくことで、最終的に正の冪の面密度分布を持つ固体氷円盤となることがわかる(図3の各丸を参照)。
さて円盤外側でいったん氷が凝縮し始めると、それ以降により外側に拡散した円盤中にはもう水蒸気は含まれていないため、固体氷円盤の最大半径は最初に円盤温度が氷の凝縮温度を下回る位置で決まることになる。固体氷円盤の最大半径が決まると、その後は円盤内側に向けて順番に氷が凝縮していき、最終的な固体氷円盤の質量は凝縮した氷の質量を円盤全体で積分することで求めることができる。ここで、水蒸気円盤の構造が自己相似解に従うとき、固体氷円盤の最大半径と総質量を解析的に見積もることができ、それぞれおよそ天王星半径の20倍、および天王星質量の10-4倍程度になることがわかった。ここで水蒸気円盤の粘性拡散進化過程を決める最も重要なパラメータはα粘性モデルのαの値であるが、解析的に見積もった固体氷円盤の最大半径と総質量の値に対するαの依存性は非常に小さく、以上の見積もり結果は水蒸気円盤のパラメータにほぼ依存しない(詳細は参考文献[15]を参照)。
驚くべきことに、ここで求まった固体氷円盤の最大半径(天王星半径の20倍)と総質量(天王星質量の10-4倍)は、現在の天王星の衛星系の軌道半径および総質量とほぼ一致している。また固体氷円盤の面密度分布の冪も正となり、現在の天王星衛星系の質量分布(外側の衛星ほど質量が大きい)とも調和的である。もともと巨大天体衝突直後には、重くてコンパクトな負の面密度分布の冪を持っていた水蒸気円盤が、拡散冷却過程を経ることで、軽くて広範囲な正の面密度分布の冪を持つ固体氷円盤へと進化したのである。
5.3. 衛星形成N体計算
筆者らは最後に、新しく得られた固体氷円盤を初期条件として、改めて衛星形成過程に関するN体計算を行った。基本的な計算方法等については前章と同じである。ここで、凝集した固体氷の衝突合体による成長のタイムスケールは、固体氷の動径方向の移動のタイムスケールよりも十分に短いとして、衛星はその場形成されることを仮定した。また、成長した衛星は周囲の周天王星円盤ガス(主に水素とヘリウムからなる)との相互作用によりType I 移動を行う可能性があるが、Type I 移動が始まるサイズまで衛星が成長する前に円盤ガスが十分に散逸すると考えられるため、Type I 移動の効果は無視した。
図5に計算結果を示す。図1と比べると、現在の天王星衛星系の特徴がよく再現できていることがわかる。以上により、周天王星円盤の熱力学的進化を考慮することで、天王星衛星系の形成過程を巨大天体衝突シナリオによって自然と説明できる可能性があることが示された。

図5: 形成された衛星の軌道長半径と質量の分布。赤丸はN体計算を2、800年間進めた時点での計算結果で、青丸は5大衛星を含む天王星の規則衛星を示している。丸の大きさは衛星の質量に比例している。参考のために、固体氷円盤の初期条件から解析的に求めた寡占成長における孤立質量[19]を破線で示している。[15]より引用の図を一部改変。
6. 今後の展開
天王星への巨大天体衝突により、天王星の自転軸傾斜を説明すると同時に、天王星衛星系の形成も説明できる可能性があることがわかったが、これで全てが解決したわけではない。本稿の最後に、今後さらなる検証が必要ないくつかの点について簡単に解説する。
6.1. 天王星衛星系の氷・岩石比
最初に述べたように、天王星衛星系のうちの4大衛星については氷と岩石の比率が1:1程度と見積もられている。一方で天王星の主成分は氷であり、また巨大天体衝突を起こした近傍の天体も、天王星と同じような組成を持っていると考えるのが自然である。そこで、巨大天体衝突シナリオを通して、天王星よりも相対的に衛星系の岩石割合が大きくなるようなメカニズムが存在するか検証する必要がある。
まずそもそも、巨大天体衝突時に形成される周天王星円盤中には、天王星衛星系形成に十分な量の岩石成分が含まれているのだろうか。巨大天体衝突に関するSPHシミュレーションの結果[1, 7, 10]を見ると、実は予想される円盤中の岩石量は先行研究ごとに大きく異なっていることがわかる。しかし先行研究ではそれぞれ異なるSPHコード、解像度、状態方程式、天体組成のもとでシミュレーションが行われており、円盤中の岩石量の違いの原因を特定することは容易ではない。そこで筆者らは、同じ計算条件のもとで統一的なSPHシミュレーションを行うことで、この原因を調べている。これまでに、状態方程式の違いとSPH計算コードの違い(標準SPH、密度補正のあるSPH)が、円盤中の岩石量の違いに大きく影響を与えることがわかってきた[20]。
一方、初期に蒸発している周天王星円盤からの固体凝縮過程について、前章では水蒸気円盤の凝縮にともなう固体氷円盤の形成のみを議論した。しかし実際には円盤中には岩石成分も含まれている。岩石は氷と比べて凝縮温度が非常に高いため、たとえ初期に蒸発していたとしても速やかに凝縮して固体岩石円盤を形成することが期待される。そのため、水蒸気円盤とは異なり粘性拡散進化によって質量が失われることはほとんどない。その結果、最終的に円盤中で氷と比べて相対的に岩石割合が高くなる可能性がある。ただしこのとき、固体岩石円盤が初期の負の面密度分布の冪を保存していたとすると、天王星に近い衛星ほど岩石成分が多くなることが予想されるが、実際の4大衛星の氷と岩石の比率はいずれも同程度だと見積もられている。そこで、岩石ダストの付着成長や周囲のガス円盤との相互作用による動径方向移動など、様々な物理過程を水蒸気円盤の粘性拡散進化過程と同時に解く必要があると考えられるが[21]、詳しい検証は今後の課題である。
6.2. N体計算結果に関する定量的な議論
前章の最後に、N体計算を用いて現在の天王星衛星系の特徴が再現できる可能性を示したが、ここでは計算結果が1例のみであったことに注意が必要である。周天王星固体氷円盤の面密度分布の冪が正となったことで、定性的には天王星衛星系の分布は説明可能だが、定量的に分布の特徴が再現できるかどうかを検証するためには、より大量のN体計算を行い統計的な議論を行う必要がある。
そこで筆者らは、周天王星円盤の熱力学的進化後に形成される固体氷円盤について、想定される範囲内で(特に円盤質量と円盤半径をパラメータとした)初期条件を求め、系統的なN体計算を行った。その結果、現在の天王星衛星系の特徴を完全に再現するのは難しいこと、ただしその後の軌道力学進化を考えると自然と現在の衛星系の姿に落ち着く可能性があること、などがわかった[22]。しかし、衛星系の長期の軌道力学進化を実際に計算するのは計算コストが高すぎるため、適当なモデル化などを行う必要があり、さらなる検証は今後の課題である。
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