再現芸術と惑星科学

惑星科学において、惑星形成論をはじめとする理論的な「太陽系履歴」の研究は、音楽における演奏家の仕事と、ある意味において似ているのではないかと思っています。

演奏家は、作曲家を含めたその他のほとんどの芸術家とは異なり、再現芸術家という特殊な立場にあります。
彼らは楽譜に基本的に制約されます。
つまり、楽譜を通じて作曲家の想いを再現することによってのみ、自らを表現することができるのです。

もちろんそうは言っても、単に楽譜を機械的に再生することが問題なのではなく、その解釈と表現方法において、追創造というある種の創造芸術家としての契機と責任が彼らの中には含まれている、という点が重要です。

これらの立場は、現在手に入る太陽系の情報をもとに、その履歴を何らかのモデルによって説明しようとする、われわれ理論家の立場と似通ったところがあります。

太陽系の歴史によって自分が拘束されることと、歴史的対象を自分が再構成することとの、いわば弁証法的な行為を通じて過去の履歴を再現する、このことが本来的な理論家の仕事です。

ただしここで注意しなければならないことは、モデルに全ての情報を組み込み完全な形で歴史を「再生」してしまうことは、本質的には何も述べていないことと同じであり、それぞれの素過程の解釈をそれぞれの表現方法によって追創造することこそが、惑星形成論・初期進化論の主題であるということです。

このことは、近年クラシック界で急速に増え出した古楽器演奏家についても言えることです。
過去の模倣的再生ではなく、あくまでも新しい解釈・表現方法として、原点回帰というひとつの追創造がなされるべきなのです。

われわれも、歴史の再生そのものに意味を見い出そうとすることは、(少なくとも再現芸術家としての惑星科学者たらんとする場合において)、無意味な行為だと自覚するべきです。

さてその一方で、もともと音楽が純粋な創造芸術として生まれたものであることも忘れてはいけません。

作曲家兼演奏家であった「当時の現代音楽家」たちの仕事をどう追創造するかについては、これまでにもいろいろな試みがあります。

その中でも非常に特殊な試みとして有名なのは、ピーター・セラーズという演出家によるモーツァルトオペラです。
彼はオペラの舞台を現代のニューヨークのスラム街、あるいは摩天楼に移し、現代の設定のもとでオペラを再現しています。

すなわち、モーツァルトの「表現方法」のみを再現するという立場に立って追創造を行ったわけです。
モーツァルトの時代にモーツァルトの音楽が持っていた現代性を、20世紀の現代性に読み直して表現する、非常におもしろい試みです。

こうしたタイプの再現芸術の評価の是非はともかくとしても、再現芸術の多様性と可能性の広さは、そのまま音楽のおもしろさにもつながっているのだと思います。

そしてこれは、惑星科学における惑星形成論の汎化、つまり系外惑星形成まで含んだ汎惑星形成論の構築過程に近いともいえるでしょう。

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