月の起源を説明するための定説である「ジャイアント・インパクト説」では、巨大衝突によって生成された周地球円盤から月が形成されるとされ、これまでに多くのSPHやN体シミュレーションが行われてきた。しかし、これらのシミュレーションでは粒子数が限られており、特に円盤内の詳細な構造を解像することや運動量輸送に関する正確な評価を行うことが難しかった。
本研究では、Pezy Computing 社が開発した低消費電力型のコアプロセッサである Pezy-SC 上で動作する N 体計算コードを開発した。衝突計算にはラブルパイルモデルを採用し、自己重力計算には FDPS (Framework for Developing Particle Simulator) を用いて並列化を行った。本コードを用いることで、地球へのジャイアントインパクトによって作られた原始月円盤内での月の集積シミュレーションについて、従来の10^4~10^5粒子のシミュレーションを大幅に超える最大粒子数10^7粒子での計算を行うが可能となった。この場合 1 粒子が約 10 km 程度の微衛星に対応することになる。
シミュレーションの結果、地球のロッシュ限界半径の内側でのスパイラル構造の形成と進化が、低解像度(N≦10^5)の場合と高解像度(N≧10^6)の場合で異なることが示された。低解像度のシミュレーションでは、スパイラル構造が比較的明確に現れ、角運動量の輸送が効率的に進む一方、高解像度のシミュレーションでは、スパイラル構造がより複雑で不安定な形状を示し、角運動量の輸送が遅くなる傾向が見られた。この違いは、月の集積時間スケールにも影響を与え、高解像度の場合、月の形成が低解像度よりも長い時間を要することが分かった。粒子数が増加することで、衝突の頻度やエネルギー散逸がより正確にモデル化され、月の質量進化や最終的な形成結果が従来のモデルと異なる新たな結果をもたらしたものといえる。
月形成デブリ円盤についてのN体計算のスナップショット。粒子数は左から順に10^5, 10^6, 10^7個。粒子数が増えると詳細な内部構造が解像され、物理過程をより正しく追えるようになる。
今後の展開として、さらに多様な初期条件や円盤パラメータを考慮した追加シミュレーションの実施や、観測データとの比較によるモデルの妥当性検証が挙げられる。これにより、月の起源だけでなく、系外地球型惑星-衛星系の形成と進化に関する包括的理解が進むことが期待される。
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Sasaki & Hosono, Particle Number Dependence of The N-Body Simulations of Moon Formation, The Astrophysical Journal, 856, 175(14pp) (2018) [pdf]
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