書評:「惑星形成の物理」井田茂・中本泰史(共立出版)

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 今から遡ること30年前、京都大学の林忠四郎らによって太陽系の形成に関する理論的枠組みがまとめられた。この太陽系形成標準モデルは「京都モデル」と呼ばれ、物理法則を理論的に積み上げていくことで、複雑な太陽系の成り立ちを見事に説明した。その後も細かなモデルの修正は行われていったものの、太陽系形成論の根幹が揺らぐことはなかった。これにより惑星形成の研究は、良く言えば成熟期を迎えた、悪く言えば重箱の隅をつつくだけの研究分野になってしまったかに見えた・・・。

 ところがその10年後、我々は衝撃的な現実を目の当たりにする。1995年に最初に発見された系外惑星は「ホットジュピター」と呼ばれる、太陽系には存在しないタイプの惑星だった。その後も「エキセントリックジュピター」や「スーパーアース」など、太陽系の常識を超えた異形の惑星たちの姿が次々と明らかになっていく。こうした惑星たちの存在は、従来の太陽系形成論では予言されておらず、惑星形成理論そのものに対して大きな変更を迫ることになった。

 これにより、惑星形成の分野は再び盛り上がりを見せる。太陽系というただ1つのサンプルを説明するために作られた「太陽系形成論」を超克し、大量の系外惑星系についての多様性や普遍性を統計的に議論する「汎惑星形成理論」を構築すべく、世界中ですさまじい勢いで研究が進められていった。他分野からの新規参入者も多く、現在最も盛り上がっている研究分野の一つであると言っても過言ではない。しかしその一方で、短期間のうちに急激に発展してきた学問分野であるため、標準的なテキストはわずかに数えるほどしか出版されておらず、特に学部生レベルで読み通すことのできる教科書に関しては、国内外通してもほぼ皆無だというのが現状であった。

 そこで、本書の登場である。本書の主なターゲットは、惑星形成の分野に魅力を感じ始めている学部生や、これから本格的に研究をスタートさせようとしている大学院生である。学部レベルの物理学・物理数学の知識さえあれば、最新の惑星形成理論の枠組みや各論を無理なく学ぶことができるようになっている。特に、複雑な式の導出を厳密に追うようなことはせず、むしろその背後にある物理の本質を直感的に理解できるよう、丁寧に説明を行っている点が本書の最大の特徴である。読者は、単に知識をつけるだけでなく、物理的なセンスも身につけることができる。さらに最終章では「惑星分布生成モデル」の概要についても簡潔にまとめられており、理論モデルがどのように組み上げられていくのか、その雰囲気を味わうことができるようになっている。研究者を志す読者にとっては、研究の「方法論」を学べる貴重なテキストでもあるといえる。以上のとおり、多角的な学びが可能な有意義な一冊として、多くの学生に一読を勧めたい。

 さて、人類初の系外惑星発見から20年。系外惑星が発見された年に生まれた子どもたちが、いよいよ大学で専門的な勉強を始める頃だろう。彼ら彼女らが、本書を通して惑星形成の研究の面白さを知り、様々な形でこの分野を一緒に盛り上げていってくれることを、同じ分野の研究者のひとりとして楽しみにしている。

「遊・星・人」に掲載された記事を一部改変して転載しました。(元記事のPDF

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